きーこ

三宅島から帰ってきてすぐ、小学校入学直前の春休みだったと思う。
セキセイインコの雛を飼ってもらった。

少し前に父さんが餓死させちゃったインコたちは、母さんがお世話していたのだけど、
新しくお迎えした子はアオが面倒を見る約束で。

全身が真っ黄色で赤い目をしたその子を、アオはきーこと名付けた。

一人餌になってたのかな。
それともまだ挿し餌だったかな。
覚えてない。

アオは、きーこを構いたくて構いたくて仕方がなかった。
それで、きーこに羽が生え揃ってすぐ、「飛ぶ訓練」を始めた。

訓練、なんて言っても専門知識なんか無い小学1年生。
高い位置に持ち上げて、パッと手を離す。
きーこ、怖かっただろうな。
本能的に羽は広げるけどさ、いきなりうまく飛べるはずもないよね。

壁にぶつかったり、タンスの後ろに落ちたり、したと思う。
そして、きーこは右回転しながら地面に着地することしかできない鳥になった。

たぶん…
タンスの後ろに落ちた時とかに、脚を折ったんじゃないかと思う。
鳥さんは不調を隠すから。
若鳥で、回復力があったから。
きっと、折れたまま成長しちゃったんだと思う。

虐待だよね…
その時は、精一杯かわいがってるつもりだったんだけどね…

きーこ、ごめんね。
今思っても申し訳なくて切ないよ。

船旅

幼稚園を卒園して、入学前の春休み。
アオの家族は三宅島に旅行に行った。

初めての船旅。
調子に乗って甲板に出ていて、あっけなく船酔い(笑)

着いた宿の入り口に大きな水槽が置いてあって、光が当たるとプリズム効果で七色に光るのが面白くて、ずっと眺めてた。

島にはいっぱいゴツゴツした岩があって、それは熔岩だよって、
むかしに山が噴火した時にこんなところまで、こんな塊が飛んで来たんだよ、と教えてもらった。
こんなのが降ってくるなんて!昔の話で良かった!
…と幼心に思ったのに。
まさかそれが、ほんの数ヵ月後にまた本当に噴火するなんて、予想もしなかった。

噴火のニュースが流れた時、あの民宿は無事だろうか、とテレビにかじりついていたのを覚えている。

帰りの船が港を離れるときに投げた紙テープ。
ゴツゴツで穴だらけの岩の道。
そして水槽のプリズム。
目の奥にはそんな風景だけがくっきりと残っている。

赤ペン先生

アオの母さんは教員免許を持っている。
中学かな?
詳しくは忘れたけど。

それもあってか、アオが幼稚園の時には、赤ペン先生をやってた。
あの通信教育の採点ね。
アオが小さいから、外に働きに行くのはかわいそうだからということでの、内職みたいな感じ?

母さんはわりとリベラルなタイプなんだけど、子育てについては古いところもあったのかな。

アオが娘を産んで、一歳になる少し前に求職活動を始めた時には、
娘(孫)がかわいそう!
3歳までは親元に置いてあげなさいよ!
と猛反対されたぐらい。

アオ的には、経済的なことだけじゃなく、適度に外に出る方がストレスもたまらないし、子供にもメリハリをつけた接し方ができるしと、メリットしか感じられなかったんだよね。
実際、協力的なダンナと理解のある保育園のおかげで、アオは産後ウツ的なものとはほぼ無縁だった。
娘にも、愛しさいっぱいで接せられた自信があるよ。

人によりけりとは思うけど、アオのような人間には必要な距離感だったんだね。

だから娘ものびのび育って、アオが子供の時に起こしたような、
盗みとか嘘とかみたいな問題行動は一切、なかった。

べったり四六時中一緒にいるだけが良いわけじゃない。
個々人の環境や性格によって、使えるサービスは最大限使うべきだ。

それがアオの持論!

発表会

幼稚園の時のことは、断片的にしか記憶にない。

だからアオの子供が幼稚園にいく年齢になった時も、
幼稚園ってどんなことをするんだっけ?
保育園と何が違うんだっけ?
ってなったぐらい。

発表会みたいな行事も、ほとんど覚えていない。

いつだったか、妖精が出てくる劇をやった。
妖精はあくまで脇役で、4~5人いた。
衣装は家庭での手作りで、お母さんたちが園から指定された生地や飾りを買って作っていた。
同じ役の子同士で違いが出るといけないからと、お母さんたちは集まって一緒に作っていた。

当時は当たり前だったんだね、そういう方式。
今でも保護者が積極的に関わる方針の園ではそういうのもあるのかな。

アオなら耐えられない。
ママ友とか嫌いだし、裁縫も苦手。

アオは娘を認可外の保育園に通わせたけど、そこは園の行事で保護者が手伝うことは一切、なかった。
アオには合ってたな。
おかげで安心して仕事ができたもの。

アオの母さんは裁縫はそれなりにできたけど、主婦集団は苦手だったはず。
窮屈だっただろうなーなんて。

まあでもおかげで、かわいい妖精になれたよ。
ストーリーは全く覚えていない。
でも衣装のデザインはしっかり覚えてるんだ。

お正月

アオが小さい頃は、毎年お正月には愛知のおばあちゃんちに行っていたの。
両親とも愛知県内の出身で、親戚一同もみんなその周辺に住んでたな。

遠方に住んでたのはアオたちぐらい。
あと転勤族な叔父さん一家が、時によっては遠方だったかも。

アオの父さんは超マイペースな人で、自分の実家でも母さんの実家でも好きなように過ごしてた。

アオが年小さんの時かな、
同じようにお正月帰省して、
けど仕事の都合だったか、私と母さんより一足先に自宅に帰ったんだ。

その頃、うちにはセキセイインコが二羽いた。
アオも結構かわいがってたよ。

父さんが先に帰るってことで、じゃあ鳥たちのお世話もお願いね、って別れたんだけど。
帰ったら…一羽が死んでた…

えさ、見てなかったんだ。
飢え死にしちゃってた…
母さんは呆然としてた。

その後もう一羽がどうなったか記憶にないのだけど、私が小学校に上がるときには、いなかった。