本当の話

お下な話になっちゃうけどごめんね。

アオは小学校1年生の時、3ヶ月も大がでなかったことがある。
元々便秘ぎみではあったのだけど、
そして記憶違いだと言われるかもだけど、
間違いなく、小学校入ってすぐから夏休みの終わりまで、出なかった。

母さんは信じてくれないけどね。
アオも一時期、記憶違いかなと思ったことがあった。
でも大学のころに同じ経験をしたことがある!という人に出会ったし、
ネットでもそんな話が出てたから、
超少数だけど本当にあるんだよ。

その後もアオは何度も、真夜中に腹痛を訴えては近所の小児科の先生をたたき起こして、
便秘だね、
の一言で浣腸をされてお仕舞い、ってのをやらかしたよ。

今思えばね、原因はなんとなくわかるの。
まずは朝、支度するのが遅くてトイレに入る習慣がつかなかったこと。
そして、小学校3年生まで続いていたおねしょの対策に、水分を制限されていたこと。

夕食の時、大人の席にはビール瓶があったのに、
アオの席には飲み物はなかった。
食後にお茶は出た。
小さな湯飲みひとつくらいね。

昼間もあまり水分を摂らなかったから、体はそれに慣れちゃってたんだね。

便秘は結局、大人になっても変わらない。

引っ越し

小学校1年生の夏。
アオの家族は隣の市に引っ越しをした。

それまでの家は、公団住宅の賃貸。
引っ越し先は、隣の市と言っても同じバスの沿線の、市境に近い新興住宅地に建てられた分譲の団地だった。

それなりに仲良くしてた子もいたけど、特別に別れが寂しかったって記憶もないな。

小学校1年生では引っ越し準備の手伝いどころじゃないよね。
きっと邪魔ばっかりしてたんじゃないかな。

新しいお家は前より2部屋も多い4LDK。
初めて自分の部屋ももらえた。
新しい机も。

嬉しかった…んだろうけどやっぱり記憶にない。

新設の団地だったから、どの世帯も転居してきたところばかり。
夏休みの間に一気に人口が増えて、学区の小学校も全学年が1クラスずつ増えて二学期を迎えた。

出生数は私たちの数年上をピークになだらかに下がり始めた世代。
だから子供はまだまだ多かった。

そして世の中の経済もバブル絶頂期に向けて上昇していた頃。
大きな団地に引っ越してきたのは、似たような経済・家庭環境の家族たち。

アオの新しい生活が、始まった。

母さんの絵本

小学校に上がる直前くらいだったかな。
母さんが自作の絵本を作ってプレゼントをしてくれた。

きれいな色つきの厚紙に、ひらがなと絵を交互に書いたオリジナルの物語。

お話は、アオと同じくらいの年齢の女の子が主人公。
その子は風船が大好き。
あるときかわいい真っ赤な風船をもらったのだけど、
うっかり手を離してしまって、風船は空の彼方へ。
女の子は泣いてしまう。

…普通の絵本なら、このあと何か素敵な奇跡が起こって風船が返ってきてハッピーエンド、となりそうなものだけど。
母さんの絵本は違った。

泣きながら眠った女の子は夢を見る。
それは昔飼っていたセキセイインコが出てくる夢。
そこでインコは、女の子の赤い風船をくわえている。

「飛ばした風船はボクがもらったよ」

夢でちょっとほっこりするけれど、逃したものは二度と戻らないのよ、というお話。
現実はそんなに都合よくはいかないのよ、と伝えたかったらしい(じっさいそう言っていた)。

アオは風船が好きでよくもらってた。
でも手から離して飛ばしてしまっては泣いて母さんを困らせていた。
だからその戒めもあったのかな。

幼いアオは少し寂しい気持ちになりながら、そんなもんか…と思ったけど。

でもね。
今なら思うの。
小さい子供に見せるお話は、ハッピーエンドでいい。
ハッピーエンドがいい。

現実はそんな都合よくいかないなんてことは、わざわざ教えなくたってイヤでも学ぶもの。

落ち込んだりへこんだりするときに立ち直る力をくれるのは、
「現実なんてそんなもん」って物語じゃなくて、
ハッピーエンドで心が喜んだ瞬間の気持ち。

たくさんの「温かい思い出」がある人ほど、
何かあってももう一度って立ち上がる力を持っている。
その思い出は、言い換えれば「記憶」。
絵本もそのひとつ。

アオは強くそう思う。

今やるところ!

小学校に上がってからも、ピアノは続けていた。
ヤマハの音楽教室は幼児クラスだったから、
小学校からは文化教室ではなくて、先生が自宅に来る個人レッスンに変わった。

幼児クラスで一緒に習っていたリョウくんと組になって、1ヶ月交代で今月はアオの家、次の月はリョウくんの家と順番こでレッスンを受けた。

音楽も、歌うことも、ピアノも好きだった。
でも、毎日コツコツな練習は苦手(笑)
ありがちなパターンよね。

当時は近所にピアノを習っている子はけっこういて、
団地住まいだったから、夕方くらいの時間になるとどこからともなく練習してる音が聞こえてきた。

その音が耳に入っても、アオはなかなかピアノに向かわずに本を読んでいた。

「アオ、ピアノの練習は?」
母さんに言われて、アオは決まって
「今やろうと思ってたところ!」
と言い返す。
で、
「でもまだやってなかったじゃない、だから言われるのよ」
「言われたからやる気なくした!」

毎日そんな繰り返し。
子供あるある、だよね?

なんでだろうね、嫌々な感じの記憶しかない。
嫌いじゃ、なかったはずなんだけどな。

つくし採り

父さんはバブル時代のサラリーマンにしては珍しく、ゴルフをやらない人だった。
付き合いとかも嫌いだから、土曜日は半ドン(今の子にわかるかー?会社も土曜日は午前中のみお仕事だったのよ)で午後は趣味に、
日曜は家にいることも多かった。

そして、お散歩と言っては私を連れ出してくれた。

春には近所のお寺さんの敷地に行って、外れの方にある広い空き地でつくしを採った。
父さんいわく、お寺さんの敷地内は犬の散歩が少ないから、糞尿被害の心配せずに採れるってね(笑)

かさが開いてるのは呆けていて美味しくない。
まだ閉まっているくらいが新鮮でいいよとか。
たまにヨモギも採って来てた。
こちらはよもぎ餅。
大好きだったよ。

つくしは摘んで来たらはかまを1つずつ剥いて、卵とじ。
このはかまを取るの、母さんは面倒がってたけど、アオは案外、好きだったな。

子供の口にはほろ苦かった。
でもなぜかこれだけは、わりと好きだった記憶があるよ。

そういえは大人になってからは、やってないなあ。